Web Syllabus(講義概要)

平成22年度

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日本文化特論 I A ・ I B (宗教) 冲永 荘八
選択  各2単位
【日本文化専攻】 10-1-1310-0126-07

1. 授業の内容(Course Description)
 本年度の春期では、現代の環境思想の流れを概観する。環境とは人間の欲求と自我の拡大という、これまで人類の「発展」と考えられてきたことに対して、根本的に矛盾する面を持っている。環境は閉じられた自我の欲求に応えるものではなく、そこへの配慮は自我の拡大という方向の抑制とそこからの転換とを要求する。
 そしてこの抑制は、古来どの宗教の内部においても、重要な精神的徳目のひとつとして数えられていた。したがって環境への配慮と宗教とは、重なる共通の地平を持ち、そこを考察することがこの授業の内容になる。その際には、人間における利己性の克服がどこまで可能かを探求した思想家を幾人か取り上げる。
 秋期では、科学と宗教との関係を考察する。世界に存在するものはすべて原子の集合離散から説明できるといった科学的世界観が浸透した結果、科学の発達とともに宗教はやがて消えると見なされたこともかつてはあった。しかしそうした予測とは裏腹に、宗教の影響は現代の世界においても衰える気配はない。ここには、科学が宗教の真理をくつがえすという位置にあるのではなく、ふたつは根本的に異なる次元の問題を対象にしていることが、その理由のひとつとして考えられる。
 そこで科学の問いと宗教の問いとが重なっているように見えながら、実は根本的に異なる次元のものであることを示す具体的な事柄をいくつか取り上げ、両者の問いが持つ性質の違いを明確にしたい。
2.
授業の到達目標(Course Objectives)
 適宜資料を読みながら講義を進め、まずはその正確な把握力と論理的な思考力をつけることを第一の目標とする。その上で、環境思想や宗教と科学の問題を通じ、宗教的な問いの次元がどこにあるのかを理解したい。
3.
成績評価方法(Grading Policy)
 学期末に試験を行う。基本的に出席は毎回とる。
4.
テキスト・参考文献(Textbooks)
 プリントを適宜配布する。
5.
学生への要望・その他(Class Requirements)
 可能な限りかみ砕いて解説するつもりだが、思想の根幹の部分は妥協せず伝えたいと考えている。したがって、決してやさしくはないと思われる場合もあるかもしれないが、それに耐える気力のある者の受講を希望する。しかしこの難しさとはいたずらなものではなく、事柄の性質にかかわるものであることを理解していただきたい。また単位取得の安易さを見こんだ履修は厳に慎んで頂きたい。
6.
授業の計画(Course Syllabus)
【第1回】~【第3回】
 環境思想のいくつかの区分。人間中心主義のいくつかのタイプ、非人間中心主義のいくつかのタイプ。それらの守備範囲が重なる部分についての検討。および人間の欲求変容を唱える思想について。
【第4回】~【第6回】
 環境自体に価値があるという思想。レオポルドの土地倫理、ナッシュの自然が持つ権利の思想。これらが人間による経済的な価値意識から外れているとすれば、それらは何を根拠とするか。
【第7回】~【第9回】
 プリマックの保全生物学。生物種が持つ経済的価値と、生物種に内在する価値との違い。生物の多様が自然の耐久性につながるという事実と、その多様性自体に価値があることとの区別。
【第10回】~【第12回】
 ディープエコロジー運動とアルネ・ネスの思想。自己の拡大と利他的行為との関係。自己愛の投影と利他性との違い。道徳的義務感情と、利他的行為が自発的に行われる場合との違い。利他的行為と美しさとの関係。
【第13回】~【第15回】
 エルンスト・シューマッハーの思想。何のための経済活動か、という問い直し。消費の最大化ではなく、満足の最大化という経済目標。人間存在の段階とそれに相応した欲求の段階との相関関係。全体のまとめ。
【第16回】~【第18回】
 西洋近世以後における科学と宗教との関係。天動説対地動説、創造論対進化論、唯心論対唯物論などの構図の説明。これらにおける、科学的な問いの対象領域と宗教的な問いの領域との区別の必要性。唯物論論争における不可知論の必然性。
【第19回】~【第21回】
 進化論の再吟味。進化論の中に見られる目的論的側面と機械論的側面の素描。ダーウィニズムに関するデネット、ドーキンズなどの見解。生物進化における利己的側面の徹底化と、それに対するマクグラスの批判。目的論対機械論という構図の無意味さ。
【第22回】~【第24回】
 現代宇宙論と人間原理。近代において機械論的決定論の下に説明された宇宙と、そうした宇宙が生じたことの説明不可能性との断絶。宇宙に人間が生じた驚異的偶然性を説明するための方法としての人間原理。目的論的宇宙観の復活とその問題。
【第25回】~【第27回】
 魂の所在。人間の精神が脳に還元された場合、かつて魂と考えられたものはどう考えられるか。心身問題における心と物質との対応問題と、一般に出来事の因果的説明がそれ以上の説明を許さない地点にいつも接している、という問題との類縁性。これらの類縁性が私たちの知の根本的な宿命であることの理解。
【第28回】~【第30回】
 合理的説明と非合理性。改めて科学的な問いの守備範囲としての合理性と、そうした問いに入り得ない領域としての非合理性との区別。合理性は非合理性に基づけられ、合理性は自らの根拠については説明できないことの確認。