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授業の内容(Course Description) |
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近年の脳神経科学の発達はめざましく、かつては心や魂の働きとして考えられてきた精神上のさまざまなことが、脳や神経の働きとして説明されるようになってきている。それは、心とは脳にほかならず、体験は脳の物質的状態である、という考え方に説得力を与える。しかし、心は物質的状態であるとすると、痛みは脳内の微弱電流であり、体験は薬物による化学物質の変化によってコントロールされ、さらには神を見たという体験でさえ、脳内のゴッドスポットの興奮、ということから説明されてしまう。こうした見解にどこまで妥当性があるのだろうか。 反対に、自発的意識や意志は、脳の物理的状態そのものではなく、物理的に決定された状態を統合しコントロールする役割をなし、意識と脳とは相互的関係にあるという考えもある。統合的な意識や自発的決断さらに芸術的創造などの、予測不可能な心の性質は、決定された自動的なシステムとしての脳の性質とはかけ離れているからである。しかしここにも、物質ではない統合的な意識とは一体何かが問題化し、古典的な二元論の問題が復活してしまう。この授業では、こうした脳と意識との関係をめぐる、基本的な問題について考察する。
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2. |
授業の到達目標(Course Objectives) |
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脳神経科学と宗教との関係についての基本問題を解説した、わかりやすい日本語テキストを用いながら授業を進める。物理的に決定されたシステムとしての脳という考え方にもっともなじみにくいのが、芸術的創造や宗教体験という、予測不可能な精神的作用だからである。この問題に関するテキストを精確に読むことを通じて、何が問題なのかを把握する力を養う。脳神経科学の基本問題の把握と、基本的な文献読解の力を養う。
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成績評価方法(Grading Policy) |
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期末に試験またはレポートを課す。出席は基本的に毎回とる。
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テキスト・参考文献(Textbooks) |
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芦名定道・星川啓慈編『脳科学は宗教を解明できるか』春秋社 2012 をテキストとして用いる。学内で教科書として販売するので、各自購入されたい。
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授業時間外の学習《準備学習》(Assignments) |
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授業は理解しにくい部分もあるかもしれない。しかし可能な限りかみ砕いて話をするので、根気よく、粘り強く受講して頂きたい。
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学生への要望・その他(Class Requirements) |
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教科書は、授業で扱う部分は家であらかじめ熟読し、わからない言葉などを自分で調べておくこと。授業中の質問は歓迎する。また教科書のうち、授業で扱う時間のない章についても、各自読んでおくことが望ましい。
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授業の計画(Course Syllabus) |
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【第1回】 脳科学と宗教に関する基本的な問題の概観。 【第2回】 心の哲学は、心の科学とどう違うのか。 【第3回】 意識状態は脳状態に還元されるか。還元論における、論点先取の問題。 【第4回】 物質としての脳から、なぜ物質の性質から導けない、意識なるものが生じるのか。 【第5回】 J・ヒックによる、脳科学への見解。クオリアの問題。 【第6回】 ヒックによる創造的行為への見解と決定論批判。 【第7回】 創発説の問題。物質の複合から意識が生じるか。 【第8回】 ヒックにおける二元論的構図の復活。物質ではないものをどう位置づけるか。 【第9回】 物質と精神は実在か、それともすでに実在から抽象された概念か。 【第10回】 ゴッドスポットと宗教体験。 【第11回】 脳の物理的状態と体験との対応関係は、何を意味するか。 【第12回】 対応関係の説明は、何が本当に存在するかの説明ではない。 【第13回】 便宜的説明としての対応関係。知は対応関係の説明として役立てばよい。 【第14回】 対応関係の説明は、背後に説明されない存在の問題を必然的に隠し持つ。 【第15回】 科学的な知と哲学的な知との相違。ふたつの知の構造的関係。
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