Web Syllabus(講義概要)

平成26年度

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経済思想史 II 佐藤 光宣
選択必修  2単位
【経済】 14-2-2120-0258-08A

1. 授業の内容(Course Description)

 経済的知識は経済現象の分析と総合を通じて生み出され、またその反省を積み重ねることによって発展し、遂に学問としての経済学として成立した。その後、経済学の学派(school of Economics)が少なからず形成されてきた。経済学なり学派なりに対して系統的に行われる理論的研究は、これを経済学史と称する。この経済学史は経済学の分析手段の理論的変遷を問題とする。したがって、経済学史は経済分析の歴史でもある。その経済分析に対して先入観を可能な限り排除し、歴史を幅広く辿り経済理論が拠って立つ思想的根底に遡って考究する学問分野は、これを経済思想史という。経済思想史においては、経済的知識の体系や断片を構成する種々の概念を、その根本において把握する試みがなされるのである。この試みは思想的解釈そのものであり、この広範な知的営みを通じて、学問としての経済学の具体的把握に我々は接近することができるであろう。
 人間の生活史の段階が経済生活といえる文化の状態に達して以降、優れた先人たちによって説かれ始めた哲理のなかに経済的要素が含まれていた。それは経済的知識の断片についての考察であったが、同時に規範的な経済分析とも言える合理的考察でもあった。このように、学問としての経済学の成立を遡ること遙か以前の古典古代の時代から、哲学的思索に混入されたものとして経済思想の萌芽を見ることができるのである。それは中世の神学者たちに引き継がれもしたし、さらにそれは現代の経済学の論議においてさえ同様の問題意識として命脈を保つと見られる。ともあれ、経済生活の進展は経済的知識の成長と蓄積をもたらした。また、そうした経済的知識は経済生活の進展に何某かの影響を与えた。実際、経済的難局に対処するために提示された処方箋は、経済的知識の統合体として少なからず有用であった。それはまた、今後とも経済政策の立案と実行に不可欠なものとして用いられるであろう。
 さて、経済的知識が確固とした学問として体系化されるに至った時期は、さほど古い昔ではない。それは今から250年ほど前のことである。その後今日に至るまで経済的知識をめぐる知的運動は連綿と続いたが、経済的知識の体系化がイギリス産業革命の前夜にスコットランド生まれの道徳哲学者によってなされたのであった。その後を受け継いだ多くの優れた人々により、各時代の社会が直面する経済問題との格闘を通じて、経済的知識に対して次々に知的酵母が加えられていった。たとえば、株式仲買人から出発した人物によって、また元来は牧師であった人物によって、あるいは東インド会社に奉職した人物によって、そしてようやく専門的な職業としての経済学者たちによって、先行する経済思想の継承と批判とを織り成しながら経済的知識が累積されつつ洗練され、かくして経済学という学問の自立的発展に向かっていった。なおまた後続の人々によって幾多の理論的成果は彫琢され一層精緻な形式を備えたが、それに呼応して、国家や社会の大局を論ずる学問として経済学は「威風辺りを払うもの」、あるいは「社会科学の女王」ではなくなった感がある。それゆえ、内面的な論理で成り立つように整えられた現行の経済学を、その出自から辿って反省する契機をこの授業は含むものとしなければならない。
 そこで授業は、ギリシャ時代から現今に至るまでの経済思想の流れを詳説することから開始する。授業は順次、経済思想を、それが生まれ出た社会的環境、自然的環境および文化的環境とともに考察するが、ドイツ歴史学派、マルクス経済学、ヴェブレン経済学、新古典派経済学とケインズ経済学を順次取り上げる。なかでもヴェブレンを創始者とするアメリカ制度学派については一段と詳細に考究する。その際、経済学の理論が拠って立つ前提の精査を授業では避けて通れない。どのような演繹的な理論の体系でも、その前提に基礎付けられているからである。とりわけ、歴史に名を刻んだ聖哲や極めて有能かつ多才な人々――明らかな凡骨は確かに含まれていない――は理論の前提に置かれた人間をどのように捉えたのか、そして中心問題を何に求めたのかについての論議が、授業におけるポイントとなる。この点を聞き逃すことなく学生諸君は取り分け授業に集中してもらいたい。
 それゆえ私は、「経済学の類型は人間性の概念と中心問題によって決定する」と指摘するウェズレー・C・ミッチェル(Wesley Clair Mitchell)の知見を導入して授業を行う。また、ミッチェルの師匠筋にあたるソースタイン・ヴェブレン(Thorstein Veblen)の制度主義(Institutionalism)の思想的立場に立脚して、授業を逐次展開する。もって向後の経済社会についての大局的見地を学生諸君が見定めることができるように、歴史学、心理学、哲学、科学と技術および宗教などの知見を総動員して経済思想の歴史を省みる。

2.
授業の到達目標(Course Objectives)

 現今の資本主義という金銭文化段階(pecuniary stages of culture)にある諸社会は、極めて不安定な様相を呈している。学生諸君には、この経済社会のなかで生き抜く力が以前にも増して求められている。加えて、学生諸君のみならず私自身も、問題解決能力を涵養することはもとより、何が問題なのかを見極める能力そのものが問われていると考えられる。それゆえ授業の到達目標は、経済思想の流れを学ぶ過程において、各時代の問題を的確に摘出し、その処方箋をともかくも提示した先人たちから生きる姿勢を学び取ることである。この学習過程を実践することなくしては、幾多の経済思想の理解は表層的なものに留まるであろう。学生諸君は、想像力を活発に働かせて歴代の経済思想の達人たちに寄り添うこと、すなわち自分自身を彼らと同じ境遇に置き換えて深い思索を行ってもらいたい。そのうえで問題の所在に自ら気づくことが肝要なのである。学問も何事も、知的好奇心なくして長続きはしない。経済思想史という学問分野に知的好奇心が触発されるならば幸いである。問題の所在に気づくこと自体が、まずもって授業の到達目標たる所以である。なおまた、授業の到達目標に接近する動因として、知的好奇心の触発は必須の事項とさえ言い得る。さらに授業の到達目標は、経済思想の流れを掴むことに留まらず、学生諸君が人生設計をするうえでの確たる一歩を踏み出す勇気を経済思想の建設者たちから学び取ることである。学び取った知識と勇気は、これを就職活動などにおいて体現する努力が求められる。したがって、履修後も継続して経済思想史に慣れ親しむことが、授業の最終的な到達目標である。

3.
成績評価方法(Grading Policy)

 秋学期期末試験(最終授業時間内に実施予定)、学習到達度調査小テスト(実施日未定)、およびこれらの試験結果に平常点を加えて評価を決する。また、正当な理由なく追試験等を実施することは制度的にできない。なお、レポートによる救済措置は予定していない。詳細は次の通りである。
 (1)この授業の評価は、秋学期期末試験(70%)、学習到達度調査小テスト(15%)、および平常点(15%)により総合的になされる。但し、この基準は授業の進捗状況によって若干変更することがある。学習到達度調査小テストを実施しないこともある。
 (2)授業に顔を出すだけの学生諸君は授業の到達目標までの過程に自ら関与しない以上、単位取得は困難である。授業の開始前と終了後に毎回行う出欠調査は、出席点の機械的算定のために行うのではない。選択必修科目たる本授業への出席は学生諸君の権利であり、その権利の行使がいかに主体的に行われるかが重要である。権利の行使には責任が伴うのである。学生諸君には積極的な勉学の姿勢が強く求められるのであって、かかる姿勢が見受けられた時にのみ出席を実質あるものとして認め、これを平常点として適正に評価する。この趣旨において出席調査は厳格に行われる。よって、出席するに値する授業を私は心掛ける。
 (3)平常点は、授業時の質疑応答の態様および予習復習の達成度等によって積算する。授業の要点は、毎回、これを聞き逃してはならない。まずもって授業を虚心坦懐に聞き、その内容をノートに記さなければならない。また、ノートの内容は自ら更新を重ねていかねばならない。その際、思考の過程が、いわば知的成長記録として記されているのが良い。このような手順と平行して、授業の要点が各自で分析され、これを総合するために数多の書籍に向き合う知的熱意が求められる。かくして、自分の意見を形成し、これを明瞭に表明できるようになることが最も望まれる。もとより授業の内容と形式は担当教員の能力と人間性に制約されるであろうから、この限界を突破すべく学生諸君は、自己の発展の契機を、批判的精神をもって授業に臨むことを通じて得てもらいたい。ここから先が「自分流」を発揮すべき自学自習の領域となるが、そこに至る第一歩は、実は、生き生きとして授業に加わろうとする姿勢そのものに存する。平常点は、そのような意味での「自分流」の姿勢が学生諸君に見出せた時にこそ付与される。

4.
テキスト・参考文献(Textbooks)

 テキストは使用しない。参考書類は、それらすべての購入を義務づけるものではない。私自身が用意した教材を、経済思想史の概説書に替えて、授業開始時に配布する。テキストの替わりに使用する教材は、授業を全体として見渡した結果に基づいて選ばれる。学生諸君は帝京大学メディアライブラリーセンターに日参し、経済思想史についての知識を深めることを期待する。なお、参考文献は多岐にわたる。その一端は次の通りである。
 Eric Roll, A History of Economic Thought(London: Faber & Faber , 1954). 〔隅谷三喜男訳『経済学説史』上下巻、有斐閣、平成14年刊〕。 Jacob Oser, The Evolution of Economic Thought(New York: Harcourt Brace & World, 1963); William J. Barber, A History of Economic Thought(London: Penguin Books, 1977).〔 稲毛満春、大西高明訳『経済思想史入門』至誠堂、昭和48年刊〕。 Thorstein Veblen, The Theory of the Leisure Class (New York: The Macmillan Company, 1899). 〔小原敬士訳『有閑階級の理論』岩波書店、昭和36年刊〕。Thorstein Veblen, Imperial Germany and the Industrial Revolution (New York: Macmillan, 1915); Thorstein Veblen, The Theory of Business Enterprise (New York: Charles Scribner's Sons, 1904).〔小原敬士訳『営利企業の理論』岩波書店、平成8年刊〕。 佐藤光宣著『制度主義者たちと限界主義経済理論』多賀出版、昭和63年刊。

5.
授業時間外の学習《準備学習》(Assignments)

 総合基礎教育科目の「経済学」を履修し、その内容を的確に理解していることが望ましい。同様に、「経済学史」は必須の授業科目と言わねばならない。また、歴史について深く真摯な関心を持つことは、この授業の準備として何より幸いである。さらに、世界史を既に学び、経済史を学びつつあることも準備学習となる。同じく準備学習として、この「経済思想史」の春学期授業「経済思想史Ⅰ 」を履修していることを要する。
 また、新聞各紙の経済面を重点的に欠かさず読み通し、これを要約すること。同時に、日々の経済生活に関心を持つよう心掛けること。これらのことは、経済事象にかかわる正確な知識を自ら広く求め、現行の金銭文化とその構成要素間の相互作用を深く理解する必要を学生諸君に知らしめ、本授業の準備および復習となる。また、このような授業時間外の学習は、経済思想史以外の学問分野についても、多方面から妥当な思索を重ねるべき必要性を学生諸君に得心させるであろう。学生諸君は授業本体を離れて、かかる学習の過程を通じて経済思想史のみならず、より幅広い歴史、哲学および心理学などで構成される体系的教養の涵養に向かって鋭意努力していただきたい。
 なお、授業2単位週90分間の授業については、週180分以上の授業時間以外の学習時間が必要である。本授業も、その例外ではない。

6.
学生への要望・その他(Class Requirements)

 経済思想の歴史を理解することは、先人たちの知的格闘を通じて建設された経済学に対して畏敬の念を深めるに違いない。学生諸君は授業に臨んでは、経済学的および歴史的なものの考え方を押し進めるような気持ちで聴講し、読み書きすることを望む。授業の内外を通じて行われるであろう勉学は、この授業が学生諸君に対して最も欲するところである。そのことが結局、学生生活を実りあるものにする一助となる。人生で何か望むことがあるとするならば、そのために努力しなければならない。
 学生諸君は経済思想史に関する探求を継続して行って欲しい。そうすることによって、学生諸君は現代の経済問題に関して批判的に理解するようになるはずである。そこで初めて、各自がそれらについての建設的意見を自家薬籠中のものとなしうるであろう。この授業が連綿として続いてきた経済思想の理解という点で学生諸君に資するよう、私は授業を行う。そして、現代の経済社会に対する認識を学生諸君が確立する手助けとなるよう願う次第である。
 なお、毎回の授業に際して学生諸君は勉学のための秩序を乱すことのないよう、まず要望する。また、一貫した知的環境のなかで授業が成立するよう、併せて要望する。

7.
授業の計画(Course Syllabus)

【第1回】
 自己紹介。授業の内容と予定および春期授業の概括
  ―シラバスの解説を中心として―
【第2回】
 経済思想の歴史とその展望 ①
  ―経済学の誕生と学派の形成―
【第3回】
 経済思想の歴史とその展望 ②
  ―偉大な建設者たちと経済学の主要な学派―
【第4回】
 ドイツ歴史学派の伝統と経済社会学者の活躍
  ―資本主義をめぐるゾンバルトとウェーバー―
【第5回】
 マルクスの経済思想
  ―観念論の体系としての『資本論』―
【第6回】
 限界革命と快楽主義心理学
  ―苦痛(pain)から快楽(pleasure)への心理学的重点の移動―
【第7回】
 ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ(William Stanley Jevons)の生涯と著作
  ―鉄道恐慌と太陽黒点説を中心として―
【第8回】
 ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ
  ―限界効用逓減の法則と『経済学の理論』―
【第9回】
 ソースタイン・ヴェブレン(Thorstein Veblen)とアメリカ制度学派
  ―『有閑階級の理論』(The Theory of the Leisure Class, 1899.)を中心として―
【第10回】
 ヴェブレンの制度の概念とウィリアム・ジェームズ(William James)の習慣
  ―『心理学原理』(The Principles of Psychology, 1890.)をめぐって―
【第11回】
 ヴェブレンと近代経済社会
  ―顕示的消費と金銭的競争(pecuniary emulation)―
【第12回】
 厚生経済学
  ―アーサー・セシル・ピグー(Arthur Cecil Pigou)の三命題を中心として―
【第13回】
 ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)と大恐慌
  ―「有効需要」の先蹤をなす概念―
【第14回】
 カール・グンナール・ミュルダール(Karl Gunnar Myrdal)と貧困
  ―偏見の累積的因果関係の原理―
【第15回】
 まとめと秋期試験
  ―論述式の解答を要する問題―