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授業の概要(ねらい) |
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経済史は歴史学の枢要な一分野を構成し、科学と技術、政治、宗教、教育、法律および軍事技術などに関する歴史的考察を含む文化史と緊密に連関するが、言うまでもなく経済学と決定的な関係を有する。経済史は、人類史の始期から現在へと引き継がれてきた悠久な生活史の文化的体系のなかの経済的局面を、実証可能な客観的史実のもとに研究対象とするからである。したがって本授業は、少なくともこれらの諸分野に広く視野を開こうと欲する学生にとって、一定の学問的関心をもって取り組みうる授業科目と言うべきであろう。また、このような趣旨を念頭に置いて日本経済史Ⅰの授業を行う。 この授業の実質的部分は、アメリカにおける制度派経済学の創始者であるソースタイン・ヴェブレン(Thorstein Veblen)の制度の概念を俯瞰し、その累積的因果関係の原理と独自な文化の発展段階説を検討することから開始する。ヴェブレンの制度すなわち文化の発展段階説は、有閑階級の生成と発展とを究明していく際の歴史の舞台であるばかりでなく、日本経済の歴史を考究するうえでも極めて有益であろうと考えられるからである。それゆえ、本授業に若干の特色を敢えて求めようとすれば、それは制度主義(Institutionalism)の見地に基づく日本経済史の初歩的考察を含む点に存するであろう。 このような趣旨と見地とに基づいて、春学期のみならず秋学期を含めた授業全体の理解にとって基礎的で最重要と思われる論題を精選のうえ、それらを実質的授業への足掛かりに据えて簡潔平易に授業を展開する。 そこで授業は一旦、原始共同体時代に遡る。その後順次、人間生活の経済的局面を近世そして近代の入り口を目指して理論的に跡付けるべく進展する。かくして、春期授業において私は、日本経済の歴史を制度の累積的変化の過程として先入観を極力排除しながら描き、もってこれを批判的に概観することを授業の内容とする。
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2. |
授業の到達目標 |
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この授業において私は、資本主義という金銭文化段階(pecuniary stages of culture)において極めて不安定な様相を呈する昨今の経済社会の性質と機能について、先入観を排除しながら歴史的思索を重ねることを通じ、一定の批判能力を養うことを授業の基本的な到達目標とする。 我々が日々生活するこの経済社会を漠々たる樹海に見立てうるならば、無秩序とも目に映る金銭的競争(pecuniary emulation)がもたらす混迷から一筋の光明を見出そうと知的格闘を厭わぬ学生の手中には、鋭利なカミソリではなく、それを可能とする強靱なナタが握られてしかるべきであろう。そのナタの素材と形状とを自由な思索を経て鍛えあげる知的営為は、それ自身が日本経済史Ⅰのさらなる到達目標として位することとなる。ここに言うナタとは、日本経済の動向に関する大局観を意味する。大局観が主として関心を寄せるのは、未来である。過去と現在は手段である。この認識において私は、授業の到達目標に細目を掲げねばならない。但し、授業の到達目標は直ぐさま次の段階の出発点となって未来へと続く。それゆえ、新たな到達目標を自ら見出し問題解決へと向かわしめるような、発展の契機を含む本質的なものへの具体的・現実的接近こそ授業では目指す。これこそが、真に授業の到達目標となりうる。要するに、日本経済史という科目の学修にも終わりはないということである。授業は他ならぬ日本という国の経済生活の歴史に関するものであるだけに、このことは特記すべきであろう。 ここで授業の到達目標を整序するならば、形式的には、次のような箇条書きが可能となろう。それはまず、(1)~(5)に明示するように、上述の授業内容の精査と個別化によって摘出すべき諸項目である。加えて、(6)~(10)に明示するように、前年度までの同授業の実態を通して学生が実際に身に付けた諸項目である。それゆえ、これらは今後とも授業の到達目標として掲げるべきと考えられる諸項目である。なお、授業の到達目標は、その重要性を順位付けることはできない。これもまた学生が主体的に、その重要度を自由に評価すべきである。「自分流」の流儀を貫徹するならば、学生は、かかる順位付けにおいても「価値判断からの自由」を自ら追求すべきである。こうして学生は、「自分流」の実践を通じて社会生活の諸過程において織り成される事象の本質的理解に達するであろう。授業は、ビジネス社会における諸問題が学生の眼前に自らを現すように、比較的自由に進行する。 (1)学生は、原始共同体時代から日本の戦国時代までの経済生活の歴史を説明できる。 (2)学生は、日本の経済社会の変遷を、世界史の流れのなかで捉えることができる。 (3)学生は、現今の経済社会について、妥当な見解を表明することができる。 (4)学生は、中世までの日本史を中心とした教養を深めることができる。 (5)学生は、日本経済の建設者たちに対して、敬意をもつようになる。 (6)学生は、縄文時代の交易の広さと多様性を知ることができる。 (7)学生は、日本経済圏の成立と拡張について理解できる。 (8)学生は、鉄砲伝来が日本の経済社会に与えた影響を理解できる。 (9)学生は、住みやすい国の二つの条件とは何かについて、理解できる。 (10)学生は、大学の授業において、ノート作成の重要性を体得できるようになる。
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3. |
成績評価の方法および基準 |
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春学期期末試験(定期試験期間内に実施する)、学習到達度調査小テスト(実施日未定)、およびこれらの試験結果に平常点を加えて評価を決する。また、正当な理由なく追試験等を実施することは制度的にできない。レポートによる救済措置は予定していない。詳細は(1)~(3)の通りである。 なお、春期期末試験および学習到達度調査小テストの問題は、日本経済史Ⅰが基礎科目のうえに展開される専門性を有する科目であるという観点に基づいて作成する。また、日本経済史Ⅰはノートを取るという知的訓練を促しながら毎回の授業を行うので、試験問題は授業内容の再現を求めるべく広範な出題範囲から精選される。学生は、この観点からノートを取る努力を継続しなければならない。知識と情報を自ら求め、これを随時整理して利用できるように備えることは、ビジネス社会の一員となる学生の責務と言ってもよい。そのビジネス社会で活躍できるための技能の一端を学ぶことは、ノートを適切に取ることによって可能となろう。 (1)この授業の評価は、春学期期末試験(60%)、学習到達度調査小テスト(20%)、および平常点(20%)により総合的になされる。但し、この基準は授業の進捗状況によって若干変更することがある。学習到達度調査小テストは、複数回、必ず実施する。レポートは課さない。レポート課題に替えて、直筆ノートの作成状況を把握し、指導を行う。この結果は10点を限度に平常点に参入する。但し、このノート調査は強制的に行うものではない。これは学生の自主的なノートの開示を待って行う。学生は個々に、「自分流」のノートの作成に向かって欲しい。その途上で意見を求めようとする学生の積極性を評価するものである。 (2)授業に顔を出すだけの学生は授業の到達目標までの過程に自ら関与しない以上、単位取得は困難である。授業の開始前と終了後に毎回行う出欠調査は、出席点の機械的算定のために行うのではない。選択必修科目たる本授業への出席は学生の権利であり、その権利の行使がいかに主体的に行われるかが重要である。権利の行使には責任が伴うのである。学生には積極的な勉学の姿勢が強く求められるのであって、かかる姿勢が見受けられた時にのみ出席を実質あるものとして認め、これを平常点として適正に評価する。この趣旨において出席調査は厳格に行われる。よって、出席するに値する授業を私は心掛ける。 (3)平常点は、ノート調査の他、授業時の質疑応答の態様および予習復習の達成度等によって積算する。授業の要点は、毎回、これを聞き逃してはならない。まずもって授業を虚心坦懐に聞き、その内容をノートに記さなければならない。また、ノートの内容は自ら更新を重ねていかねばならない。その際、思考の過程が、いわば知的成長記録として記されているのが良い。このような手順と平行して、授業の要点が各自で分析され、これを総合するために数多の書籍に向き合う知的熱意が求められる。かくして学生は、自分の意見を形成し、これを明瞭に表明できるようになることが最も望まれる。もとより授業の内容と形式は担当教員の能力と人間性に制約されるであろうから、この限界を突破すべく、学生は自己の発展の契機を、批判的精神をもって授業に臨むことを通じて獲得してもらいたい。ここから先が「自分流」を発揮すべき自学自習の領域となるが、そこに至る第一歩は、実は、生き生きとして授業に加わろうとする姿勢そのものに存する。平常点は、そのような意味での「自分流」の姿勢が学生に見出せた時にこそ付与できる。
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4. |
教科書・参考書 |
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テキストは使用しない。授業中に紹介する参考書類は、それらすべての購入を義務づけるものではない。それゆえ、私自身が用意した教材を、日本経済史の一般的なテキストに替えて授業開始時に配布する。テキストの替わりに使用する教材は、授業を全体として見渡した見地に基づいて選ばれる。学生は帝京大学メディアライブラリーセンターに日参し、日本の経済の歴史についての知識を拡げ深めることを期待する。なお、授業で取り上げる書籍の内容は多岐にわたり、その数は少なくないが、若干の書籍をあげておく。 渋沢栄一著/守屋淳訳『現代語訳 論語と算盤』、筑摩書房、平成22年刊。中村隆英著『昭和経済史』岩波書店、平成19年刊。川勝平太著『「鎖国」と資本主義』藤原書店、平成24年刊。
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5. |
準備学修の内容 |
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総合基礎教育科目の「経済史Ⅰ・Ⅱ」と「経済学Ⅰ・Ⅱ」とを履修し、それらの内容を的確に理解していることが望ましい。そのことが、「日本経済史Ⅰ」の授業理解を容易にするであろう。また、歴史について深く真摯な関心を持つことは、授業の準備として何より幸いである。併せて、哲学や心理学にも学問的関心を持って、それらの関係書物を渉猟してもらいたい。 また、新聞各紙の経済面を重点的に欠かさず読み通し、この要約作業を反復すること。同時に、日々の経済生活に関心を持つよう心掛けること。これらのことは、経済事象にかかわる正確な知識を自ら広く求め、現行の金銭文化とその構成要素間の相互作用を深く理解する必要を、学生に知らしめるであろう。また、このような準備学習は、日本経済史以外の諸分野についても多方面から総合的な思索を重ねるべき必要性を、学生に得心させるであろう。学生は授業本体を離れて、かかる準備学習の過程を通じて日本経済の歴史のみならず、より幅広い歴史、哲学および心理学などで構成される体系的教養の涵養に向かっていくことであろう。また、そのように努めてもらいたい。 なお、授業2単位週90分間の授業については、週180分以上の授業時間以外の学習時間が必要である。本授業も、その例外ではない。
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6. |
その他履修上の注意事項 |
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言うまでもなく、この「日本経済史Ⅰ」は通年で内容的に完結する選択必須科目のうちの春期充当科目である。学生は、引き続き、「日本経済史Ⅱ」(秋期)の履修を強く勧めたい。なお、事情の如何によっては、「日本経済史Ⅱ」のみを単独で受講することができる。あるいは、「日本経済史Ⅱ」を履修後、「日本経済史Ⅰ」の単位取得に向かうことも不可能ではない。けれども、こうした科目選択あるいは学習パターンは推奨できない。本学のカリキュラム編成と指導要領は全体を展望したうえで順序よく構成それており、またこの授業科目は歴史の流れに沿って展開する時に最も的確に理解できるように計画されているからである。 日本経済の歴史を理解することは、先人が歩み築いてきた経験と知識および文化に対して尊敬の念を深めるに違いない。学生は授業に臨んで、歴史的および経済学的なものの考え方を押し進めるような気持ちで聴講し、読み書きすることを望む。授業時間内とそれ以外の時間を充てて行うべき日々の勉学は、この授業が学生に対して最も欲するところである。そのことが結局、学生生活を実りあるものにする一助となる、と確信するからである。人生で何か望むことがあるとするならば、そのために努力しなければならない。 学生は、日本経済史の理解に有用な理論的、実証的および政策的課題の自発的研究に向かって欲しい。そうすることによって、学生は現代の経済問題に関して批判的に理解するようになるはずである。そこで初めて、各自がそれらについての建設的意見を自家薬籠中のものとなしうるであろう。この授業が、日本経済の果たしてきた歴史的重要性、日本経済の累積的変化および現代の世界におけるその位置づけを、学生が自ら学ぶ手助けとなることを願う次第である。 なお、毎回の授業に際して学生は勉学のための秩序を乱すことのないよう、まず要望する。また、一貫した知的環境のなかで授業が進展するよう、併せて要望する。
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7. |
各回の授業内容 |
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【第1回】 |
自己紹介。授業の課題と日本経済史の研究方法 ―シラバスの解説を中心として― |
【第2回】 |
経済の歴史と経済学の歴史 ―「経済学の三部門」をめぐって― |
【第3回】 |
ソースタイン・ヴェブレン(Thorstein Veblen)の所説 ①『有閑階級の理論』 ―制度とその累積的因果関係の原理― |
【第4回】 |
ソースタイン・ヴェブレンの所説 ②進化論的経済学 ―文化の発展段階説と日本経済の歴史― |
【第5回】 |
原始共同体時代とその生活史 ―共同体の共有財産としての技術知識― |
【第6回】 |
所有権制度の発生と資本主義経済社会 ―掠奪的思考習慣とその展開― |
【第7回】 |
縄文生活とその交流のネットワーク ―縄文人たちによる交易とその範囲― |
【第8回】 |
弥生時代と戦争の始期 ―稲作と戦争の文化― |
【第9回】 |
日本列島における稲作の本格的開始 ―稲作の生産性とその経済的効果― |
【第10回】 |
律令国家の経済構造 ―大土木工事の展開と農業― |
【第11回】 |
荘園制度とその崩壊 ―貴族と武士の経済生活― |
【第12回】 |
中世社会と産業の発展 ―商品経済の発達と貨幣需要の増大― |
【第13回】 |
貨幣経済の興隆 ―平清盛の経済政策と中国銭― |
【第14回】 |
武士の貴族化と鎌倉政権の経済政策 ―金融制度の発達― |
【第15回】 |
中世の経済生活 ―為替制度の発生と展開― |
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