Web Syllabus(講義概要)

平成29年度

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言語文化講読 I 冲永 荘八
選択  2単位
【日本文化】 17-1-1310-0126-01

1. 授業の概要(ねらい)

 近年の脳神経科学の発達はめざましく、かつては心や魂の働きとして考えられてきた精神上のさまざまなことが、脳や神経の働きとして説明されるようになってきている。それは、心とは脳にほかならず、体験は脳の物質的状態である、という考え方に説得力を与える。しかし、心は物質的状態であるとすると、痛みは脳内の微弱電流であり、体験は薬物による化学物質の変化によってコントロールされ、さらには神を見たという体験でさえ、脳内のゴッドスポットの興奮、ということから説明されてしまう。こうした見解にどこまで妥当性があるのだろうか。
 反対に、自発的意識や意志は、脳の物理的状態そのものではなく、物理的に決定された状態を統合しコントロールする役割をなし、意識と脳とは相互的関係にあるという考えもある。統合的な意識や自発的決断さらに芸術的創造などの、予測不可能な心の性質は、決定された自動的なシステムとしての脳の性質とはかけ離れているからである。しかしここにも、物質ではない統合的な意識とは一体何かが問題化し、古典的な二元論の問題が復活してしまう。この授業では、こうした脳と意識との関係をめぐる、基本的な問題について考察する。

2.
授業の到達目標

 脳神経科学と宗教との関係についての基本問題を解説した、わかりやすい日本語テキストを用いながら授業を進める。物理的に決定されたシステムとしての脳という考え方にもっともなじみにくいのが、芸術的創造や宗教体験という、予測不可能な精神的作用だからである。この問題に関するテキストを精確に読むことを通じて、何が問題なのかを把握する力を養う。脳神経科学の基本問題の把握と、基本的な文献読解の力を養う。

3.
成績評価の方法および基準

 期末に試験またはレポートを課す。出席は基本的に毎回とる。

4.
教科書・参考書

 プリントにて配布する。

5.
準備学修の内容

 授業は理解しにくい部分もあるかもしれない。しかし可能な限りかみ砕いて話をするので、根気よく、粘り強く受講して頂きたい。

6.
その他履修上の注意事項

 教科書は、授業で扱う部分は家であらかじめ熟読し、わからない言葉などを自分で調べておくこと。授業中の質問は歓迎する。また教科書のうち、授業で扱う時間のない章についても、各自読んでおくことが望ましい。

7.
各回の授業内容
【第1回】
 脳科学と宗教に関する基本的な問題の概観。
【第2回】
 心の哲学は、心の科学とどう違うのか。
【第3回】
 意識状態は脳状態に還元されるか。還元論における、論点先取の問題。
【第4回】
 物質としての脳から、なぜ物質の性質から導けない、意識なるものが生じるのか。
【第5回】
 J・ヒックによる、脳科学への見解。クオリアの問題。
【第6回】
 脳科学と宗教研究。パーシンガーのヘルメット。
【第7回】
 fMRIと脳神経神学。
【第8回】
 ヒックの心脳一元論批判。心と脳との相関関係は、脳が心の原因であることを意味しない。
【第9回】
 ヒックの随伴現象説批判。脳の複雑さによる創発的性質としての心的性質の位置づけに抗して。
【第10回】
 ヒックの議論の問題点。創発主義をすべて随伴現象説に含めることの問題。
【第11回】
 ヒックが二元論を選択する理由。意識が原因となって脳にはたらきかける状況が必要だから。
【第12回】
 創発主義からのヒック理論批判。その4つのパターン。強い創発主義と弱い創発主義。
【第13回】
 創発性と生命。「生きている状態」を物質からいかに形成するか。物理法則と生命の法則。
【第14回】
 生命の法則が物質から創発されることと、心が物質から創発されることとの相異。
【第15回】
 物理的自然と断絶しない心や神的実在が、創発主義から導かれるという主張についての批判的検討。