Web Syllabus(講義概要)

平成29年度

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生物心理学 I 廣中 直行
選択  2単位
【心理】 17-1-1360-4683-03

1. 授業の概要(ねらい)

 この講義では動物の行動を研究する方法について学びます。しかし、心理学を勉強するのになぜ人間以外の動物のことを知る必要があるのでしょうか? 動物に「心」があるのでしょうか? とはいうものの、人間も動物です。では「心」とは何なのでしょうか? この講義ではこのような疑問を抱きながら、簡単に答えを求めるのではなく、先人たちが動物の行動をどのように研究してきたかを考えてみます。動物を知ることによって、「人間」を今までとは違った目で見ることができるでしょう。この講義ではまた、人間のために動物を犠牲にしても良いのだろうかという観点から、研究の倫理に関する理解を深めることも目的とします。

2.
授業の到達目標

 動物実験の倫理について理解すること。主に齧歯類を用いた知覚、情動、認知などの行動実験法について理解すること。心理学における動物行動研究の方法と意義を理解すること。動物の行動研究に基づいて進化生物学、神経科学、心身医学等の領域に独自の問題意識をもって関心を持つこと。

3.
成績評価の方法および基準

 途中で一回レポートを出してもらい(30%)、学期末に試験を行う(70%)。レポートでは現在自分が関心を持っていることを研究するにはどうすれば良いと考えているかを述べてもらう(内容は動物実験でなくても構わない)。試験では授業で取り上げた基本的な概念をいくつか理解しているかということと、授業内容を受けて自分なりに考えたことを論理的に表現できるかどうかを問う。

4.
教科書・参考書

 教科書は使用しない。参考書は適宜紹介するが、下記を推薦する。
 ・実森正子・中島定彦『学習の心理‐行動のメカニズムを探る』コンパクト新心理学ライブラリ(サイエンス社)
 ・長谷川寿一ほか『はじめて出会う心理学』(有斐閣アルマ)
 ・廣中直行『医療スタッフのための心の生物学入門』(協同医書出版)

5.
準備学修の内容

 とくに予備知識は必要としないが、『日経サイエンス』、『ナショナルジオグラフィック』、『科学』(岩波書店)などの関連ある記事を読んだり、「サイエンス・ゼロ」(NHK-ETV)を視聴したり、動物園・水族館などで動物を見たりすることは有益である。

6.
その他履修上の注意事項

 はじめて「心理学を学ぼう」と思ったときの気持ちを大切にすること。その後大学で心理学を学ぶ中で感じた違和感のようなものも大切にすること。「何でも見てやろう」という旺盛な好奇心を持つこと。

7.
各回の授業内容
【第1回】
 イントロダクション:
 (以下基本的に講義形式ですが、発言を求める場合もあります)人間の心を探る学問が考えるべき倫理の問題について考え、人間の心を生物の進化の歴史の中で考える視点を紹介する。
【第2回】
 動物の行動はいかに研究されてきたか?
 心理学の歴史を振り返り、動物の行動がどのように考えられ、どのように研究されてきたか、そこにどんな問題があったかを学ぶ。
【第3回】
 動物の行動を学ぶ意義は何か?
 今日の心理学では動物の行動研究がどのような意義を持っているかを考え、神経科学、精神薬理学など、動物の行動を研究する関連領域を紹介する。
【第4回】
 動物は外界をどのようにとらえているか?
 動物の視覚や聴覚をどのように研究するかを学び、人間が感じている世界が「正しい」世界ではないことを理解する。また、感覚と感情の結びつきについて考える。
【第5回】
 動物にとって「痛み」とは何か?
 日常生活や臨床にとって意義の深い痛覚を取り上げ、痛みとはどのようなものか、私たちは他者の痛みをどのように理解すれば良いかを考える。
【第6回】
 動物はどのように体を動かすか?
 脳のはたらきとの関連に触れながら、動物がどのように体を動かしているかを学ぶ。脊髄損傷、筋ジストロフィー、パーキンソン病など、運動機能を損なう神経の病気についても触れる。
【第7回】
 動物はなぜ行動するのか?
 行動の「動機づけ」と呼ばれる現象について、心理学ではどのような研究がおこなわれてきたか、そこでどんなことが分かったか、また、どんな疑問が残されているかを考える。
【第8回】
 動物に感情はあるのか?
 喜びや悲しみといった感情こそ、人間の心の最も人間らしい特徴だと考える人は多い。それでは動物には感情はないのだろうか? 動物の感情を研究するにはどうすれば良いのだろうか? その学びを通して感情とは何かを考える。
【第9回】
 動物は新しい行動をどのように学ぶか?(レスポンデント条件づけ)
 パブロフ以来の条件づけの研究について、心理学の歴史に沿って、どんなことが考えられてきたかを学ぶ。心身の健康問題と条件づけが深くかかわっていることを知る。
【第10回】
 動物は新しい行動をどのように学ぶか?(オペラント条件づけ)
 ソーンダイク以来の「学習心理学」の歴史を振り返り、行動分析学に至る道を理解する。行動の形成と維持について、行動分析学の知見が教育や臨床にどのように役立っているかを考える。
【第11回】
 動物は知的な行動をするか?
 高度な知能を持つことが人間の特徴だと考える人は多い。しかし、知的な活動とは何だろうか? 動物の行動研究にそのヒントが見つかるかも知れない。条件性弁別や見本合わせといった行動の研究法を解説し、知的な行動に実験的に迫る試みを紹介する。
【第12回】
 動物はどのようにものを覚えるか?
 「記憶」がいかにして研究されてきたかを振り返り、動物の記憶研究法を紹介する。記憶という現象の背景にある脳のメカニズムについても解説する。
【第13回】
 動物はどうやってコミュニケーションをとっているか?
 言葉を持つのは人間だけだと考える人は多いが、言語の機能を注意深く分析すると、動物の行動にもその萌芽がある。動物は動物なりの方法でかなり高度なコミュニケーションを実現している。「コミュ障」などという言葉もある現代、言葉の原点をさぐる研究の意義を考える。
【第14回】
 動物はどうやって社会を作っているか?
 最近、動物の社会行動に関する研究はいちじるしく進歩した。協力、競争、共感といった現象がどのように研究されてきたかを学び、それが人間の「きずな」を理解するためにどのように役立っているかを考える。
【第15回】
 まとめ:人間とは何だろうか?
 私たちの究極の目標は「自分とは違う他者」を理解することである。宗教や民族による対立が鮮明になってきた今日、他者理解に関して心理学を学んだ人が発信しなければならないことは多い。動物の行動研究は究極の他者理解の試みと言えるのではないか? 私たちはこれまでに学んだことを批判的に総括し、さらに新しい地点に進まなければならない。