Web Syllabus(講義概要)

平成29年度

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生物心理学 II 廣中 直行
選択  2単位
【心理】 17-1-1360-4683-04

1. 授業の概要(ねらい)

 私たちはなぜ、嬉しくなったり悲しくなったりするのでしょうか? また、なぜ他人を愛したり憎んだりするのでしょうか? ひとつの考え方として、このような気持ちは人間が動物として生きているから生まれるもので、長い進化の歴史の中でつちかわれてきて、ふだんは意識しない「動物の心」のあらわれだという考えがあります。この考えが正しいか正しくないかはさておき、自分の中の「動物」を意識することは、気持ちを整理したり心の健康を保ったりすることにも役立つと思われます。この講義では、心理学の中で「動機づけ」、「情動」として扱われてきたトピックに焦点を当て、動物の行動や神経機構に言及しながら、私たちの心のダイナミズムについて考えます。

2.
授業の到達目標

 動機づけの機構について生物心理学的な理解を深めること。基本的な情動理論を理解すること。情動の機構について、関連する脳のメカニズムも含めて生物心理学的な理解を深めること。臨床心理学的な問題に生物学的に切り込む力を養うこと。

3.
成績評価の方法および基準

 途中で一回レポートを出してもらい(30%)、学期末に試験を行う(70%)。レポートでは「感情」や「意欲」に関連して自分が関心を持っているテーマを述べてもらう。試験では授業で取り上げた基本的な概念をいくつか理解しているかということと、授業内容を受けて自分の考えがどのように変わったかを問う。

4.
教科書・参考書

 教科書は使用しない。参考書は適宜紹介するが、下記を推薦する。
 ・大平英樹『感情心理学・入門』有斐閣アルマ(有斐閣)
 ・岡田隆ほか『生理心理学』コンパクト新心理学ライブラリ(サイエンス社)
 ・デニス・デカタンザロ(浜村良久監訳)『動機づけと情動』(現代基礎心理学選書)協同出版

5.
準備学修の内容

 とくに予備知識は必要としないが、『心理学ワールド』、『こころの科学』(日本評論社)
 などの関連ある記事を読んだり、「サイエンス・カフェ」(http://www.scj.go.jp/ja/event/cafe.html)に参加したり、科学系博物館(国立科学博物館、日本科学未来館など)を訪問・見学したりすることは有益である。

6.
その他履修上の注意事項

 自分の気持ちのゆらぎに敏感であること。自分自身を客観的に眺めようという気持ちを持つこと。人間と動物、正常と異常、常識と非常識といったようなバリアを打ち破る気概を持つこと。

7.
各回の授業内容
【第1回】
 イントロダクション
 人の心を扱う学問が考慮すべき倫理的な問題について学び、現在の人間の姿を時間的な広がり(進化、発達)と空間的な広がり(地球環境、生物多様性)の中でとらえる視点について考える。
【第2回】
 心と体の関係
 受精の瞬間から始まり、成長の過程を経て老化から死に至る人間の一生について、それぞれのライフステージで経験する心身の問題について学ぶ。心身を考える手がかりとして自律神経系、内分泌系、免疫系の基礎を解説し、心理的な問題との関係を考える。
【第3回】
 心を生む脳のはたらき
 脳の構造と機能について、ミクロな問題として神経細胞とグリア細胞のはたらき、マクロな問題として脳の基本的な部位とそのはたらきを理解する。意識と無意識の問題についても考える。
【第4回】
 食べること
 「恒常性の維持」ということについて学び、摂食動機の神経機構、摂食動機を左右する心理学的要因、嗜好と忌避の形成機構について理解する。摂食障害についても触れる。
【第5回】
 眠ること
 睡眠のステージと発達、覚醒水準と脳波、逆説睡眠と徐波睡眠の神経機構について学ぶ。夢の生理的・心理的な意義にも触れる。日周リズムの機構についても学び、リズムの乱れから来る心身の問題について考える。
【第6回】
 愛すること
 性行動を中心に、性の分化、脳の性差、求愛行動、性行動の一環としての哺育行動について、生理学的な知見や動物行動学の知見を解説する。多様な性のあり方をどのように考えるかについても述べる。
【第7回】
 憎むこと
 攻撃行動を中心に、なぜ攻撃行動が生じるか、動物の攻撃行動にはどのような意味があるかを考え、ヒトの攻撃性を理解する。生理心理学的な視点から、いじめや虐待についてどのようなアプローチが可能かを考える。
【第8回】
 感情はどうして生まれるか?
 感情、情動、気分など、複数の類似した概念がどのように使わけられているかを解説し、心理学の代表的な感情(情動)学説について解説する。基本的な感情(情動)とその構造について考える。
【第9回】
 感覚と感情
 黒板を爪でひっかく音は誰でもイヤなものである。このように、ある種の感覚体験は感情と直結している。近年の研究によってその神経機構が明らかにされつつある。ここでは単純接触効果、新奇性と親近性など、感覚と感情の関係についての最新の話題を紹介する。痛みと情動についても触れる。
【第10回】
 感情のコントロール
 同じ感覚刺激が与えられても、「気の持ちよう」で不快になったりそれほどでもなかったりする。これを心理学的に詳しく考えるとどのようなことなのだろうか? ここでは認知と感情の関係について考え、「意思の力で感情はコントロールできるのか?」という問いにアプローチする。
【第11回】
 怖れること
 恐怖とはどのような感情だろうか? どのようなメカニズムで恐怖の感情が起こり、それは私たちの生活にどのような影響を与えるのだろうか? 恐怖の体験をなかなか忘れることができないのはなぜだろうか? 今回はその神経機構を中心に解説し、PTSDなどの臨床的な問題についても考える。
【第12回】
 不安になること
 不安は誰しもが感じる感情のひとつだが、実験的にきちんと研究しようと思うと難しい。しかし、分離不安、社交不安、広場恐怖などさまざまな不安障害が臨床的に大きな問題になっている。精神医学の診断基準も変わりつつある。ここでは不安の基礎的な研究法について解説し、不安障害の治療とその問題点について考える。
【第13回】
 ストレスとは何か?
 「ストレス」という言葉はよく使われるが、誤解されていることも多い。今回はストレス学説の基本を解説し、心理学的にはストレスとは何であるかを考える。ストレスの強さを測定する生理心理的な指標や、日常生活とストレス、ストレスとうつ病の関係についても触れる。
【第14回】
 快感とは何か?
 不快な情動に比べて「快」の研究は遅れていた。その生物学的な研究はこのごろようやく進んできた。「快」とは何だろうか? 「快」を感じるのは人間だけだろうか? 「快」は私たちの生存にとってどのような意味を持っているのだろうか? まだわからないことは多いが、最新の知見を紹介する。
【第15回】
 まとめ
 「動機づけ」や「情動」は人間が生きていくことの根幹に関わる。それは私たちの中に動物が棲んでいることの証であり、「心の病気」や「不調」を理解する鍵でもある。ここではもう一度心理学の歴史を振り返って、生物学的な研究が「心の理解」にどのような役割を果たしてきたかを考える。